幸せ8 外の世界の愛にも感度が高くなる

自分自身が不幸だと、他人も不幸なのを確認したくなります。例えば、ニュースで自分より不幸な人を見て、自分でなくて良かったと思ったり、幸せなそうな家庭のあら探しをしてみたり。

自慢ではありませんが、私もそんな一人でした。あの家庭に比べれば幸せだわ、とか、あの奥さん本当は性格悪そう、とか。

ところが、家庭が愛で満たされるようになってから、ちょっと様子が違ってきました。不幸なニュースを見ると、自分がその家族だったらと思い胸が締め付けられます。

マザーテレサはこんな言葉を残しています。

「愛は家庭から始まります。
まず、家庭から始めてください。
やがて外へと愛の輪が広がっていくでしょう。」

もちろん、私がマザーテレサのような愛の人になったと言っているのではありません。

でも、マザーテレサの言葉を読んでいると、もしかしたら、ちょっとだけ近づけたのかもしれない、と思えるのです。

マザーテレサは愛と神についての言葉をたくさん残されていますが、そのいくつかを紹介させてください。

「愛の反対は憎しみではなく、無関心です。」

「この世界は食べ物に対する飢餓よりも、
愛や感謝に対する飢餓の方が大きいのです。」

「神にお仕えするためには、ごくありきたりな仕事を、
出来るだけ楽しく喜んで実行することです。」

「わたしたちは 大きなことはできません。
ただ、小さなことを大きな愛でするだけです。」

「日本人はインドのことよりも、
日本のなかで貧しい人々への配慮を優先して考えるべきです。
愛はまず手近なところから始まります」

「世界で一番恐ろしい病気は、孤独です。」

「100人に食べ物を与えることができなくても、
1人なら出来るでしょ?」

「どれだけたくさんのことをしたかではなく、
どれだけ心をこめたかです。」

私は今まで何度もマザーテレサに関する本を読み、言葉に感動してきましたが、自分には出来ないことのように感じていました。けれども今は、これらの言葉が

「まず自分の家庭で、ありきたりの家事を、心をこめて、出来るだけ楽しく喜んで実行して、家庭を愛と感謝でいっぱいにしなさい。」

というように聞こえます。ようやく、どうすれば人を愛することができるのか、その方法が分かったような気がしています。

「銃や砲弾が世界を支配していてはいけないのです。
世界を支配していいのは、愛なのです。」

「この世で最大の不幸は、戦争や貧困などではありません。
人から見放され、「自分は誰からも必要とされていない」と感じる事なのです。」

私にできることは、毎日自分ができる範囲の家事をして、家庭を愛と感謝でいっぱいにするという本当に小さなことかもしれません。だけれども、マザーテレサがいう愛と私が思っている愛はきっと同じものだと思います。

家事は自分以外の人のために、その人の幸せを願ってする行為です。

だからこそ、家事をすることは、家庭の中の愛を育てる作業であると同時に、自分の中の愛を育てる作業でもあるのでしょう。

あなたのの中の小さな愛は、世界の愛と平和につながっていますよ、と優しく教えてもらっている気がします。

マザーテレサは、「世界平和のために私たちはどんなことをしたらいいですか」と尋ねられて

「あなたは、あなたであればいい。」

「帰って家族を大切にしてあげて下さい。」

と答えたそうです。

「神様は私たちに成功してほしいなんて思っていません。
ただ、挑戦することを望んでいるだけよ。」と

小さな挑戦を一緒に始めてみませんか?

 

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幸せ6  人と比べなくなり自分流の家事・育児を楽しめるようになる

幸せ7  家族の歴史が紡がれていく

幸せ8  外の世界の愛にも感度が高くなる

幸せ番外編    社会問題としての家事労働

エピローグ 

 

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コラム3  男性にとっての家事

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コラム6   あなたは夫婦で幸せになりたいですか?

 

 

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