会話に求めるもの

私は人の話を聞かないとよく言われます。
自分でも自覚があります。

相手が話している途中でも、相手の話に興味が持てなくなると、別の話をしたくなって、相手の話を切ったりします。

会話がキャッチボールではなく、ドッジボールになります。

そんな私の最大の被害者は家族です。
そしてある日、たまりかねた家人に言われました。

「お母さんは、会話を情報の交換だと思っているでしょ?
ちがうよ。女子にとっての会話は、感情の共有なんだよ。」

びっくりして椅子から転げ落ちそうになりました。
えっ、そうだったの?

確かに私が話に割り込むタイミングは、相手の話に情報量が少なくなったときです。
そして、情報量が少なくなった時こそ、相手は共感を求めているのかもしれません。

それって、もしかしたら世の中の男性と女性とが感じる相手への不満なのかもしれません。

「ちゃんと話を聞いてくれない、何も話をしてくれない」と夫に不満を持つ妻
「くだらないことをいつまでもしゃべる」と妻に不満を持つ夫

unsplash_5244808e6b835_1

それは会話に求めているものが違うせいかもしれません。

感情を共有したい妻と、情報を交換したい夫。

 

でも、だからこそ誰かと会話をすることは大切なのでしょう。

自分と違う価値観を持った人のことを理解することで進化できるのかもしれません。
私も家人の感情を共有して進化しようと思います。

まあ、だからといって私の女子力の無さを肯定できるものではありませんが笑
そんな風に思っている時に、アップルの創始者スティーブ・ジョブスの言葉に出会いました。

「理系と文系の交差点に立てる人にこそ大きな価値がある」
僕はそういう人間になろうと思ったんだよ。

もしかしたら私の価値は、男性と女性の交差点に立っていることかもしれません笑

 

共感力強化中のたまちゃんより

 

FavoriteLoadingこの記事をお気に入りに追加