私の取扱説明書

私の取扱説明書

発達障がいの児童の学習補助の仕事をしている友人が、社会のみならず、学校現場でも発達障がいについての理解が不足していることをいつも嘆いている。

自身も多少”多動”気味なのだと明るく笑う彼女は、発達障がいの児童が学校で嫌な思いをしないよう、時には体を張り児童を守りながら、日々各方面に理解を求める働きかけをしている。
その仕事ぶりには感心するばかりだ。

そんな彼女の影響で

「うちの火星人」
-5人全員発達障がいの家族を守るための”取扱説明書”-

を読んだ

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この本を読むまでは、発達障がいに苦しむ子どもの話を聞きながらも、その子どもたちに完全には心を寄せられないでいた。

家人が小学生のときに、発達障がいが原因と思われる学級崩壊があった。

保護者会が開かれ、発達障がいの子どもの暴力的衝動から”普通児童”をどう守るのかについて話し合われた。

保護者会はまるで弾劾裁判のようだった。

”問題児童”が暴力的衝動をもつのは病気でありしつけの問題だと断定され、結局その児童は転校した。

この本を読んだ今、あのときのことを思い返すと、一番困っていたのは、何かの理由で暴力的な衝動を抑えられなかったあの児童だったのだろう。

追い打ちをかけるように転校を余儀なくされたことでさらに傷を深めたに違いない。

あのとき、先生や私たち保護者に正しい知識があったら、もっと別の解決方法があったかもしれない。

 

この本の中に”取扱説明書”という記載がある。

言葉だけを見たときには人間性を無視しているような、あえて自分を貶めているような違和感を覚えたのだが、そのユーモアのセンスも含め、なるほどなあと思った。

 

誤解を恐れずに言うなら、学級崩壊があったときに周囲の大人に必要だった正しい知識というのは、問題行動を起こしてしまう子の”取扱説明書”だ。

その児童の”取扱説明書”がなかったから、解決の方法などないように思え、結局あきらめてしまったのだ。

たぶん多かれ少なかれ誰もが自分自身の”取扱説明書”を持っているし、無意識に周囲の人の”取扱説明書”を作っている。

例えば、子どものころ家人は小柄だった。
家人が小柄なことは、わかりやすい”取扱説明書”だった。
先生も他の生徒も家人が小柄だから、組体操ではできるだけ負担のないポジションをくれた。
小柄であることで、家人の”取扱説明書”には自動的に「体力のいることはできない」と書かれたのだ。

発達障がい(この本の中では「発達凹凸」と書かれていて、それはとても正しい表現だと思う)の児童の場合は、”小柄”というような分かりやすいサインがなく、また事例も多様なため、”取扱説明書”の作成が難しくトラブルの原因になる。

子ども自身が、自分の状態を説明できるだけの十分な言葉を持っていないことも”取扱説明書”の作成が難しい原因の一つだろう。

また、大人であれば、その人の行動や言動から判断して
「こういう言い方はしないようにしよう」とか
「こういうことは頼まないようにしよう」
という相手に対する”取扱説明書”を無意識に作成できるが、
一緒にいる機会が多い子どもたちが、友達の”取扱説明書”を上手に作れるだけの対人関係の経験を積んでいないのも原因の一つかもしれない。

教師は忙しすぎて、”取扱説明書”を作成するくらいじっくりと1人の児童と対峙する余裕もないし、十分な知識がないかもしれない。

専門家がそれぞれの子どもをに対して”取扱説明書”を作る必要があるのだろう。

私の友人は、懸命にそれをしている。

ただ、40人学級で1クラスにつき2、3人いると言われている発達障害の子どもの数に比べると、専門家の数は圧倒的に足りない。

だからこそ、このような本が広く普及し、発達に特に凹凸が見られる人たちに対する社会の理解がすすむといいと心から思う。

 

日本は、”取扱説明書”の数が少ない国だと思う。

それはとても効率的で便利だし、同じ”取扱説明書”が適用可能な人にとっては居心地もいい。

空気が読めるというのはその場にいる全員の”取扱説明書”がわかるということかもしれない。

でも、”取扱説明書”の少なさが、人とちょっと違うことを排除してしまったり、自分の個性を押し殺すプレッシャーになっているのかもしれない。

 

6人家族のうち、父親を除く母親と2男2女の5人が発達障害と診断されている平岡家では、自分たちを火星人と宣言し、自らの取扱説明書を作っている。

そして、それは決してネガティブな行為ではない。

筆者はいう

「火星人は常識という「重力」に縛られがちな私たち地球人を、解放してくれる存在だと思います。彼らの特性を受け入れてうまく付き合えれば、さながら無重力空間で生きる火星人からは、地球人が思いつかないアイディアがもたらされるでしょうし、火星人たちも素晴らしい功績を残せるでしょう」

当事者である奥様(通称ワシーナ)もいう

「普通なんか、おさらばしたらいい。堂々と胸はって、火星人として最高の生き方をしていけばいいのよ」

 

本当は誰だってちょっとした発達凹凸がある。

私には、地球人だとか火星人だとか関係なく、誰だって堂々と胸はって最高の生き方をすればいいのだと彼女が言っているように聞こえる。

 

誰もが堂々と胸をはって最高の生き方をして、それでもトラブルにならないための知恵の一つが、相手の”取扱説明書”も尊重し自分の”取扱説明書”も尊重してもらうということなのかもしれない。

 

 

子どものころから「取扱説明書」が必要だった たまちゃんより

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