テストって誰のためのもの?

テストって誰のためのもの?

家人が、いろんなテストを受けては結果を持って帰ってくる。

自分のことではないので笑、落第でもしない限り結果はあまり気にしないが、自分も学生のころテストがいやだったことを思うと「大変だね」とねぎらいの言葉の一つもかけたくなる。

大人になってよかったことの一つは、もうテストを受けなくてもいいということだと心底思う。
ところが、ある日仕事をしようとして、自分が「テスト」と書いているのに気づきビックリした。

システム開発のような仕事をすることもあるので、今でもテストに関わっているんだったと改めて気づいた笑

作ったシステムが、正しく機能するのか。
求められている要件を満たしているのか。

それをテストする。

テスト計画書を作って、テストをして、間違っていたら直し、再度テストをし、最終的にテストに通るまで何度もテストし、結果をテスト報告書にまとめて納品する。

システムなので完全に正しいことを保証することは難しいが、考えられる限り完全なシステムにするために網羅的にテストをするにはどうすればよいかに知恵をしぼってテストの内容を考える。

そんなテストは終わるとかなり達成感がある。

 

同じテストでも、学生のころに受けたテストとは全然ちがうなあ、と思う。

間違うのは当たり前だし、パスするまで何度でもできるので、おかしな緊張感もない。

 

学校のテストとは目的が違うのは分かっている。

でも、無理を承知でいうなら、学校のテストも合格点をとるまで何度でも行ってくれたらいいのになあ、と思う。

 

そしてもう一つ、せっかくテストをするなら、教える側の教え方を測るためにも使ったらいいのになあとも思う。

自分の教え方だと、多くの生徒がここでつまずく、このレベルの生徒だとここまで理解させられる、というようなことの分析に使うと、先生の生産性があがるのではないだろうか。

テストの問題を作る基準を、そのテストで自分の授業の理解度を測れるかどうかという視点にすると、テスト自体の内容も変わってくる気がする。

 

生徒にとってはより深い理解の助けになり、先生にとってはよりよい授業をするための助けになるような、そんなテストだといいのになあ。

 

年に一回くらいテストで0点をとる夢を見るたまちゃんより

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