猫の未来と人の未来

猫の未来と人の未来

久しぶりに、詩人長田弘さんの物語エッセー「ねこに未来はない」を読んだ。

長田弘さんの詩に初めて出会ったのは大学時代だが、「深呼吸の必要」など印象的なものが多く、時折読み返したくなる。

「ねこに未来はない」というエッセーは詩人らしい独特の言葉選びや表現の面白さに溢れているのだが、理系人間の私が惹かれるのは、猫の脳には未来を感知する部分(前頭葉)が欠如しているという情報だ笑

未来を感知しないで生きていくってどういうことなんだろう。

未来を心配することもないけれど、未来にワクワクすることもない。

考えることは今より以前のことばかり。

・・・やっぱり想像できない。

未来があるって、すごいことなのかもしれない。

そうは言っても、未来を心配しすぎる自分を馬鹿馬鹿しいと思うことはよくある。

学生のときは「大学に合格できるか」と心配し、
就職前は「就職できるか」と心配し、
結婚前は「結婚できるか」と心配し、
こどもが生まれるまでは「子どもができるか」と心配し、
今は「こんなんで大丈夫なのか」と心配している。

・・・きりがない・・・


ところが、最近不思議なことに気づいた。

自分はこんなに自分の未来を心配いているのに、人に自分の未来を心配されると腹が立つのだ。

「大学はどこに行くの?」と心配されイライラした。
「どこに就職するの?」と心配されイライラした。
「結婚しないの?」と心配されイライラした。
「子どもはまだなの?」と心配されイライラした。
「そんなんで大丈夫なの?」と心配されイライラした。

3つ目、4つ目の質問は確実にセクハラだ。

そういえば、こどものときに「大人になったら何になるの?」と聞かれるのもすごく嫌だった。

それなのに、私自身も結構そんな質問や心配を若者に対してしてしまっていたりする。

「人の未来を心配する」と、知らないうちに相手に不快な思いをさせている可能性が高い。

 

自分以外の未来を心配するのは猫相手くらいがちょうどよいのかもしれない。

 

心配たまちゃんより

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