あなたと私の違い

あなたと私の違い

ブログを始めてから、何人かの人に

「考え方が違いすぎて面白い」

と言われました。

毎日こんなことばかり考えている私は、みんなだいたい同じようなことを考えているんだろうと思っていたので、

「えっ、違うんだ」

とビックリして、何が違うのか、どうして違うのか不思議に思っていました。

 

最近、苫米地英人氏の著書『イヤな「気持ち」を消す技術』を読んで、その違いの正体がハッキリ見えた気がしました。

あなたと私は『自我』が違うのです。

『自我』について苫米地氏は言います。

「『自我』とは評価関数である。」

評価関数というのは、ゲームのプログラムなどで使われる関数で、その局面を数値化し、より高い数値のものを選択することでゲームを優位に進めるためのものです。

 

人はそれぞれ、宇宙にあるあらゆるモノを重要度の高い順に並べ替える評価関数を持っていて、それが『自我』なのだと。

 

例えば、パンとごはんのどちらが重要か、歴史と数学のどちらが重要か、仕事と家庭のどちらが重要か、などなど。

同じところもあれば、違うところもあるけど、すべての評価関数が同じ人というのはいません。それが『自我』です。

なるほどおおおおお。

『自我』について、これほど簡潔かつ適切な説明を私は見たことがありません。

 

この『自我』の定義を使うと、色んな事を簡単に説明できる気がします。

 

成長段階における「自我の目覚め」というのは、人間が物事に対して重要度で評価をはじめるということです。

重要なもの「好きなもの)と重要じゃないもの(嫌いなもの)がはっきりし始めるのが自我の目覚めというわけです。

そして成長するにしたがって、環境や学習によって物事の重要度が入れ替わり、自我(=評価関数)は確立します。

 

変化するということは何かに対する重要度の評価が変わるということです。

理解しあうということは、お互いが何を重要と思っているのかを理解し尊重しあうことです。

相手の行動や言動が許せないときにも、「あの人とは評価関数が違うからね」と思えば少し冷静になれる気がします。

「明日から勉強しよう」「明日からダイエットしよう」「明日から運動しよう」といような決意も、明日から評価関数を変えようと思えば、難しくない気がします。

えっ、そんな風に思うのは私だけ笑?

 

一方、世界は評価の順番を変えてしまおうとするモノで溢れています。

たとえば、テレビ。

私は朝5時にテレビショッピングで必要のないフライパンを買ってしまったことがあります。

番組をみる前の私と見た後の私では、そのフライパンの重要度の順番が大きく変わってしまったのです。

テレビや新聞と言ったマスメディアの怖いところは、、すごくたくさんの人の評価関数を一気に変えてしまう力があるところにあります。

それ以来、テレビショッピングを見るときには、相当の気合をいれて臨むことにしています。

そういえば、私が最初に苫米地氏の著書に出会ったのは「テレビを見てはいけない」という本でした笑

 

閑話休題

 

ということで、私とあなたの違いは、『自我』(=評価関数)の違いなのです。

金子みすず氏が言う「みんな違ってみんないい」

は、それぞれの評価関数を尊重し、むやみに重要度の順番を押し付けないようにしよう、ということなのでしょう。

 

私のヨガの師匠は言います。『悟り』とは差をとることすなわち『差取り』です、と。

それは、すべてのものの重要度を同じにすること、すなわち評価関数をすべて同じ数値にすることなのかもしれません。

 

もっとも、フライパンの評価すらコロコロ変わる私にはその境地は果てしなく遠く感じられます・・・

 

それにしても久しぶりに読んだ苫米地氏の本は、相変わらずのスーパー天才ぶり全開で、おなかがいっぱいになりました笑。

少しずつ消化していけたらいいなと思っています。

 

家事リストで家事の評価が変わって家事イストになったたまちゃんより

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たまちゃんの今日の家事Love-letter
鍋を磨こう♪
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