あなたと私の記憶が違う理由

あなたと私の記憶が違う理由

昨日に続いて、またまた苫米地英人氏の『イヤな「気持ち」を消す技術』から、今日は記憶の話を。
この本に書かれている記憶のメカニズムに100回くらいうなずきました。

『自我の定義』もそうですが、小学校の算数の問題で一本の補助線が鮮やかな解答につながったように、このメカニズムがわかると今まで不思議だったことがすっきりと説明をつけられるようになります。

 

せっかく分かりやすく本の中に書いてある文章を私が解説するのはどんなものかと思いますのでできれば本編を読んで欲しいのですが、

私が面白いなと思ったことは、記憶は脳の中では、細かいバラバラの情報になっているのだということ。

毎回思い出すときに、それらのバラバラな情報を”統合”して全体を思い出すのだそうです。

 

するとどうなるかというと、思い出すときの状態で誇張されてしまう情報や、あとから誰かに聞いて付け足した情報、時間とともに薄れてしまった情報などがあって、統合の仕方は毎回微妙に変わってしまいます。

あなたと私の記憶が違う理由はそこにあります。

同じ体験をしても、それぞれの記憶が微妙に違うのは、統合の能力と統合に必要な自我(=重要度の評価関数)が違うからなのです。

そして、そこにあるのはそれぞれが正しいと思っている記憶でしかありません。
良い記憶として思い出すか、いやな記憶として思い出すかはその人のそのときの自我(=重要度の評価関数)次第ということです。

アップルの創始者スティーブ・ジョブスは過去の記憶を常に自分に都合の良いように歪曲していたと言われていますが、そういう統合の癖(自我)が彼をして天才たらしめたのかもしれません。

 

記憶といえば、池谷裕二さんの『進化しすぎた脳 中高生と語る「大脳生理学」の最前線』の中に、鳥は細部まで正確に記憶する、というようなことが書いてあったのを思い出しました。

鳥の記憶は小さいバラバラではなく、かなり大きな塊として脳に格納されているということなのでしょう。

だから、思い出すときも細部まで正確に思い出せるわけです。

 

一見、その方が良さそうですが、実はそうとは言えないのだそうです。

ちょっと違うものがまったく違うものに見えてしまって応用がきかないのだそうです。

 

その点、人間の記憶の断片は粒度が小さい分統合能力に優れているので、全部見なくても全体像を想像することができます(ゲシュタルト)。

そしてその脳力が、抽象的思考へとつながるのです。

つまり、過去の膨大な記憶の断片を、分類したり取捨選択したりして、普遍的な真理とか本質とかよばれるものを導き出すことができるのは、その記憶のメカニズムのなせるわざなのです。

 

自分の脳がそんなすごいことになっているなんて、なんだかワクワクしませんか。

 

歳を重ねる忘れっぽくなるのは、より本質に近づこうとする叡智にあふれる行為なのかもしれません。

 

いや、もちろんそれは私の忘れっぽさを正当化するための方便じゃないですよ。

いや、本当。

脳科学の話ですから笑

 

統合楽観症のたまちゃんより

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たまちゃんの今日の家事Love-letter
アルバムを整理しよう♪
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