対等な関係とは?

対等な関係とは?

6月1日の自転車の違反行為に対する罰則の法令化から1週間たちました。

この1週間、法律を遵守して生活してみて、明らかに変わったことがあります。

 

信号では停止線の前で止まる。

右折、左折では合図をだして曲がる。

そんなことを続けていたら、心情的にも物理的にも不思議と自動車と対立しなくなったのです。

 

今までは、自転車が弱者であることに甘えて、自動車側からみると危険な行為をしていたように思います。

そのせいで「自転車は危ない」と思われていたことでしょう。

一方で、そんな自転車に対して、威嚇するような態度をとる自動車もいて、より対立構造が深まっていたように思います。

それが、お互いがルールをキチンと守ることで、対立が薄まったように感じるのです。

そして、それは思いのほかすがすがしくて気持ちの良いことなのでした。

 

それはもしかしたら自転車と自動車に限らないことかもしれません。

一般的に対立構造を生み出すものは、それぞれが相手を「ずるい」と感じるからなのではないでしょうか。

ちょっとしたずるさ、ちょっとした抜け駆け、ちょっと相手より得したいと思う行為、やっている本人にとっては「ちょっとしたこと」で、相手にとっては「あいつだけずるい」と感じる小さなことが積み重なって対立構造を生み出すとしたら、それは本当にもったいないことだなあ、と感じました。

 

それぞれが決められたルールできちんとした振舞いをすれば、立場がちがっても対立関係が生まれなくなるのかもしれません。

「強者」、「弱者」という立場の違いはあっても、お互いがルールを守ることで、そこに上下関係がなくなり、それぞれの立場に対して尊重する気持ちを生み出すことができるのかもしれません。

 

「自転車なんだからいいじゃない」

そんな甘えを捨てたことで、ようやく道路利用者として一人前になった気がします。

大人になるっていうのは、強者であれ弱者であれ、自分の立場に甘えず、ちょっとしたずるいことをしなくなることなのかもしれません。

 

今までさんざん子どもっぽい振舞いしていたなあ、と反省するたまちゃんより

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