手間の価値

年末にお料理教室でおせち料理を習ってから、本格和食がちょっとしたマイブームです。

忙しいとそうそう時間はかけられないけれど、何かちょっとでも手間をかけて本格和食にしたい今日この頃。

 

そこで普段は市販のポン酢で食べる豚しゃぶ用にゴマだれを作ることにしました。

フライパンで丁寧にゴマを炒って、すり鉢でゴリゴリしはじめたとき、ふと、目の前でテレビゲームに興じる家人を発見。

「えー。なんでー。」

と嫌がる家人に

「こうやって炒ったゴマで作ると、絶対おいしいから」

と無理やり手伝わせて、おいしいゴマだれが出来上がりました。

 

昆布だしでさっと煮たキャベツと豚肉をそのゴマだれにつけて口にしたとき、家人が驚いたように言いました。

「うわっ、これ本当にうまい・・・。」

 

いつもは

「おいしい?」

と聞かれてようやく重い口を開き

「おいしい・・・」

と消え入りそうな声でこたえる思春期の家人です。

そうとうインパクトのある美味しさだったのでしょう。

 

もちろんそんな反応を見て、一番嬉しかったのは私です。

でも、嬉しかったのは家人の反応だけではありません。

手間をかけ一つ一つの作業を丁寧にやっていると、それ自体が楽しくなって、そんなことをしている自分のことが、ちょっと好きになるのです。

 

 

私がかつて愛読していたお料理の本、片付けの本には

「簡単」「素早く」「楽々」「時短」

という言葉がやたら目につきます。

家事嫌いだったので、家事の時間をできるだけ減らしていやなことは早く済まそうと思っていたのでしょう。

ところが、それが逆効果になっていたのかもしれません。

 

家事が嫌いなので家事時間を短くする。

家事時間を短くするために手間を省く。

手間を省くと家事自体の楽しみが減る。

家事の楽しみを感じられないから家事が嫌いになる。

時間をまた短くする。

さらに手間を省く。

・・・・

まるで負のスパイラルです。

 

ちょっと家事に手間をかける

ちょっと家事が楽しくなる

楽しいから、またちょっと家事に手間をかける

またちょっと家事が楽しくなって好きになる

 

もしかしたら、そっちが正しいスパイラルかもしれないなあ、と美味しい豚しゃぶを食べながら思った夜でした。

 

 

今度はポン酢を作るぞ と意気込むたまちゃんより

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