桃太郎考

家人にお弁当を作るのも、おそらく今日が最後。

とくに見送るわけでもないけれど、出かけていく家人の背中に手を振りながら覚える既視感(デジャブ)

今まで何度となく、こうやって背中に手を振ってきたなあ。

 

勇ましく出かけていくとき

不安気に出かけていくとき

楽しげに出かけていくとき

泣きそうになりながら出かけていくとき

 

いつも、最初は後ろを振り向いても、あるところから意を決したように前を向いて歩いていってたのを思い出す。

そんな背中を見ながら、母にできることは結局背中に向かって手を振ることだけなんだなあ、って毎回感じていた気がする。

 

などと、珍しく感傷的な気分のまま、お茶のお稽古に。

床の間の桃の花を見ながら、桃太郎って親離れ子離れの話だったのかもと思う。

 

お腰につけたきびだんごをもってでかける桃太郎。

そのきびだんごをあげながら仲間をみつけ、鬼退治に行く。

 

それは、大きくなるまでにもらった物をもって社会にでていく子どもそのものなのかもしれない。

 

親が持たせてあげられるのは、きびだんごだけ。

子どもは、きびだんごで雉と猿と犬を見つけて、自分の道を生きていく。

いつしかきびだんごがいらなくなる日がくる

 

 

そして、かつては私もまた桃太郎だったことを思い出す。

その背中に、手を振っていただろう母の姿を初めて感じた。

 

 

「茶杓に何か銘はありますか」

と客役の方に聞かれたとき、

「旅立ち」

とこたえていた

 

見送る側はさびしくて、誇らしい

 

次は鶴の恩返し?のたまちゃんより

FavoriteLoadingこの記事をお気に入りに追加