久しぶりにお医者さんに

この季節、花粉とか乾燥とか季節の変わり目とかが重なるせいか、2年に一度くらいは喉に炎症を起こします。

なんとか自力で治そうと、良いといわれることは色々試すのですが、どんどんこじらせてしまい、最終的に耳鼻咽喉科のお世話になります。

今回も、喉が痛すぎて眠れなくなり、その寝不足もたたって頭痛がしてきたため会社を抜けてお医者さんに行きました。

対処療法的なお薬を出してもらうと、これが良く効き、あれだけ苦しかったのが嘘のようです。

 

ああ、また医者に頼ってしまったという変な罪悪感と、本当に苦しいときに助けてくれる医学がある時代に生まれて本当に良かったなあ、という複雑な気持ちでいたときに、たまたま読んだのが

虎の門病院の高野利実先生の著書

『がんとともに、自分らしく生きる 希望をもって、がんと向き合う「HBM」のすすめ』

HBMというのは、著者の造語で「Human-Based Medicine」(人間のための医療)の略です。

 

この本を読んで、私の中で凝り固まっていたアンチ西洋医学的な考え方がだいぶ緩みました。

 

もともと医者嫌いで、3年前に父をガンで亡くしてからは、すっかりアンチ西洋医学になって医者に行くのは悪いことくらいに思っていたのが、

『「治療」というのは病気との向き合い方の一部にすぎません。』

という言葉に、医者に行くべきか行かないべきか、という二元論で考えていた自分の思考停止ぶりがおかしくなりました。

病気に対する考え方は、年齢によっても違うし、どうしたいかという気持ちも違う。

その時の医療との向き合い方として西洋医学的治療を選択することもあれば、食事や生活態度を変えるという選択もある。

お医者さんといくということは、自分がどうしたいという目的にあった「治療」についてアドバイスをもらいに行くということなのでしょう。

病気になるというのは、ある意味自然なことなのかもしれません。

原因がある場合もあるし、ない場合もあるし。

重い場合もあるし、軽い場合もある。

2,3日で元通りになる場合もあれば、一生病気とつきあっていく場合もある。

 

この本を読んで、病気であることが問題なのではなくて、病気のせいで幸せを感じられないことが問題なのだなあと感じました。

特にガンのような完治が難しい病気の場合は、「治す」ことに焦点を当てすぎて、「なんのために治療するか」もっと言えば「なんのために生きるのか」ということさえ見失ってしまうことがあるといいます。

逆にさまざまな情報から「絶対抗がん剤は使わない」ことにこだわりすぎて「なんのために抗がん剤を使わないのか」わからなくなっている患者さんも多いのだとか。

たぶん、私もそうなっていただろうと思います。

 

この本を読んで、病気と向き合うことが、自分らしく生きることと向き合うことなのだとすると、それは生きていれば当たり前のことで、特別怖がることがないような気がしています。

私とよく似てチャレンジングだった父は、この本を読んでも、同じような治療を選んだかもしれないし、そうではなかったかもしれませんが、いずれにしても父らしい生き方だったんだろうなあと、ようやく父の最期を受け入れられる気がしています。

 

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