まあまあ

わりとなんでも安請け合いしてしまう。

ちょっとした頼まれごとでも、PTA役員でも、仕事でも、

深く考えずに

「いいですよ」

と引き受けてしまう。

なんとも思慮がたりない。

 

もちろん大変だったり忙しすぎたりという痛い目にもあう。

けれど、記憶力の悪さが幸い?して、また安請け合いする。

 

そんな私だけれど、さすがに

「いやいや、その役は私には荷が重すぎます」

というお役を打診された。

 

いつもいつも安請け合いしているので、そういうときの反応は我ながら新鮮だった。

まず驚き、

そしてうろたえ、

そのあとに、いかに自分がその役には不適当かということを、延々とうわごとのように繰り返す。

それはそれは、見事な醜態だった。

 

もちろん、醜態を演じているのだから、相手も

「この人では無理かも」

と思ってはくれたようだが、流れというのは止まらないもので、結局引き受けることになった。

 

そのときの反応も面白い。

呆然としたり、はしゃいだりする。

またしても、見事な醜態だ。

 

「できるかも、いや、絶対無理だ。どうしたもんかなあ。」

と悶々としていた時に、ふと以前聞いた言葉がふってきた。

 

「よい母親というのは、まあまあの母親のことである。」

ふうっと肩の力が抜けた。

 

そもそも分不相応の役なのだ。頼んだ相手だって十分承知なのだ。

誰も、完璧など期待していない。

「まあまあ」で上出来なのだ。

 

そういえば、昔「65点の人が好き」という歌が流行ったことがあったっけ。

その歌の中では、0点とる人のことは許せなくて、100点とる人は大嫌い扱いされていた。

知っているのにわざと間違える、65点の人が好きなのだと。

 

かつて、100点取りたガールだった私は、なんて向上心のない歌なのだと馬鹿にしていた。

わざと間違えるって、意味が分からなかった。

 

でも今は少しだけわかる。

 

100点満点の母親より、まあまあな母親がいい。

100点満点の父親より、まあまあな父親がいい。

100点満点の家族より、まあまあな家族がいい。

 

 

ひるがえって、私の新しいお役。

一年後の任期あけのときには、

「あの人まあまあがんばっていたよね」

と言われたい。

 

まあまあより少しでしゃなりな母親のたまちゃんより

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