さらりさらりと

つい最近まで、茶事というものがあることも知らなかった。

「お茶を習う」

というのは、この茶事を執り行うことができるようになるためにするものなのだという。

そんなことも知らずにお茶を習い始めた。

もっとも現代において、「茶事ができるようになるために入門しました」という人の方が珍しいだろう。

そうして、いずれ出会う。

茶道の最終形。

それが茶事。

 

とはいえ、茶事は日本人の日常そのものともいえる。

大切なお客さまをもてなしたいと思う。

硯に向かい炭をすり、巻紙に一字一字心を込めて招待状をしたためる。

庭を掃き、部屋を整え、軸をかざり、花をかざり、寒い季節には部屋の炉に炭をいれ暖かくし、香をたく。

季節のものを使った心づくしの食事を、最高のタイミングでお出しする。

お酒を供し、また同じ杯で返杯をいただく。

とっておきのお茶は最高に美味しい形で召し上がっていただく。

お客様が面白いなと思っていただけるようなお道具などを使うのもまたよし。

言葉は少なく、でも物や場が大いに語る。

すみずみまで気持ちの行き届いた時間と空間を共有する。

 

お酒のくだり以外は、この中の一つでも大変そうだなあと思うのに、茶事ではこのすべてを行う。

それもさりげなく。

 

お稽古場では、2年に一度茶事のお稽古がある。

歴史のあるお茶室で、一流の職人さんがつくる懐石と、一流のお道具をお借りして、稽古人が亭主側、客側に分かれて、茶事を行う。

普段のお稽古の延長が茶事とはいえ、まるで、ピアニカを持った小学生が、オーケストラと一緒に演奏するような気持ちになる。

気後れしたり、ばか丁寧になったりすると、師匠の叱責がとぶ。

「さあ、サラリサラリと動くんですよ。」

 

もたもた動くのは問題外。

だからといって、おざなりな気持ちでさっさっと動いてもいけない。

すべての動作を省かず、必要以上に時間をかけず、

よどまず、ちょうどよい速さで、サラリサラリと動く。

 

そういえば、稽古場ではときどき

「君子の交わりは淡きこと水のごとし」

という荘子の言葉の掛け軸がかかることがある。

この反対は

「小人の交わりは甘きこと醴(あまざけ)の如し」

なのだそうだ。

友とは、べたべたした関係ではなく、さらりさらりとした関係を築くべしということなのだろう。

 

さらりさらりと流れる水のごときお茶事と生き方をめざし、2017年も稽古はつづく。

 

好きなお酒は上善如水(上善水の如し)のたまちゃんより

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